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自分を生きる☆感覚

久しぶりの投稿になりました。

あぁ、でも私にとってこうして思いを文字にする場所があることは

とても幸せなことだなと思います。

 

台風がいくつか通り過ぎて

京都の日本海側にある丹後は、朝晩すっかり涼しくなってきました。

駆け抜けた夏が終わっていきます。

 

6月の「初収穫」以降、全くブログを書いていなかったのですが

今年の夏野菜はとても順調に育ち、

本当にたくさんの実りと喜びを与えてくれました。

 

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初秋を迎え

そんな野菜たちが少しずつ少しずつ

また土に還る準備を始めています。

 

実りに実ってくれたきゅうりもトマトも

こんな感じになってきました。

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(ここのトマトは年老いるというよりは、

 若干、紫蘇と根域争いをして敗れた感が伺えます。)

 

この植物たちの、野菜の苗たちの

土に還っていく姿が、私は好きです。

好きと言っては失礼になるのかな、

もしかしたら野菜たちは苦しいようと言ってるかもしれないですね。

 

高知の土佐自然塾にいた時

同じように実りに実ったナスたちが徐々に実を小さく細くし

葉が落ち、枝だけになっていく様子を見て

自分たちが種から育てた植物が大きく育ち、

老いていく姿を始めて見せてもらいました。

あまりに自然なさまに心が熱くなりました。

 

人も含めて生き物はみんな、

こうして生まれて、終わっていっていいんだと

ほっとするような気持ちになったのかもしれません。

 

 

久しぶりにブログを更新すべくパソコンを開いたのには

もちろん理由があります。

忙しさにかまけてしっかり覗いていなかった自分の心と

久しぶりに再会したような気持ちになり

それを文章にして表現したいと思ったからです。

 

毎日畑作業をしたり、何十年ぶりかで1泊登山をしてきたこともあり

富山県立山に行ってきました。素晴らしかったこの日のこともいづれ!)

少し疲れが溜まっていたのでしょうか、

先週末、初めて経験するほどのひどい腹痛で寝込んでいました。

仕事帰りの相棒に無理を言って救急の病院に連れて行ってもらい

診察してもらった結果は、腸炎

腸炎??

、、、腸炎ってこんなにつらいんですね。

 

自分が救急外来に勤めていたときは

「なんだ、また急性胃腸炎か」と軽く見てしまうほど馴染み深かった診断名。

実際に自分が罹ってみるとなんとしんどいことでしょう。

 

結局、家で丸々4日間ずーっと寝ていました。

昨日、ようやく少しずつ仕事を再開したところです。

 

 

アトピーがひどくなって助産師の仕事を休職したころから

自分の中の「疲れ」や「不調の兆し」の感覚がよくわからなくなっています。

 

アトピーが治ってきたころにお世話になった土佐自然塾でも

毎日の農作業で溜まった疲れがピークに達すると

月に一度くらいの割合でバタンと倒れるように休んでいました。

午前中の作業を終えてみんなで帰ってきたら食堂でのお昼ご飯、

なのですがそこまで行き着かず、

空いている部屋で横にならせてもらい、そのまま起き上がれませんでした。

そして一度倒れると3日間くらいはずっと寝っぱなし。

軽い頭痛があったり微熱があったりはするものの特別な症状はありません。

本当にただ、疲れが貯まりきって振り切れた状態だったんだと思います。

 

昔なら、

「あ、しんどいな、ちょっと今日は早く休もうかな」と

自分の感覚をもとに、社会生活に支障がないように調整していたと思うのですが

土佐での生活を含めここ3年くらい、それができていません。

丹後に来てからも、頻度は減ってきているものの

やはりそういうことがあります。

 

以前のような「単なる疲労の蓄積」だけでなく

例えば強い頭痛とか、今回のような激しい腹痛とか、

はっきり自覚できる症状を伴うことも出てくるようになりました。

それがいい傾向なのかどうかはわかりませんが

気をつけているつもりでもこうしたことが繰り返して起こると

「あぁ、また倒れてしまった」という不甲斐なさと同時に

社会生活をしていく上での不安がよぎります。

 

今のような、比較的自由がきく仕事であれば

それほどたくさんの人に迷惑をかけるわけではないですが

例えば助産師として再び働く、

またはどこかの誰かに雇ってもらう、という立場になると

こう倒れてばかりはいられなくなるでしょう。

いや、その前に雇ってもらえないでしょうか。

 

 

腹痛がだいぶ落ち着いてきたころ

倒れてしまって落ち込む気分を紛らわそうと

数日前に図書館で借りてきた本を布団の中で読みました。

 

決して広くない峰山図書館を歩きながら

「あ、今はこういうものが読みたいんだわ」と思って探した本が

ヨーロッパの紀行文的なものに加えて、

その土地のおいしいものが紹介されているものでした。

 

こちらの2冊。

 

『北仏ブルターニュの四季物語』石澤季里著 PHP研究所

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『小さな家とスイスの朝食』堀井和子著 KKベストセラーズ

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特別感動的なエピソードがあるわけではないですが

書き手の方の淡々とした文章の中に

異国の暮らしや文化に触れて生き生きと心躍る様子があり

わぁ食べてみたい!と思えるようなおいしそうな食べ物の描写があったりして

読んでいるうちに自然と心がほどけていくようでした。

 

久しくヨーロッパには行っていませんし

個人的に行くならば欧米よりもアジアがいいなとずっと思っていたのですが、

とてもとても行ってみたくなりました。

 

そんな思いから

今ヨーロッパで暮らしたり活躍している日本人女性って誰がいるだろう?

今のヨーロッパのファッションはどんなだろう?

カフェやマーケットはどんな感じだろう?と調べてみたり、

普段ほとんど見ることのない動画を検索して見たりしている自分がいました。

 

「あれ、どうしてこんなにヨーロッパに夢中になってるんだろう」

と落ち着いて考えてみると

例えばもちろん街並みとか風景とかおしゃれな人たちとか、

日本にないものに対して(特に丹後には縁遠いと感じている部分に対して)

とてもワクワクするというのはありますが、

それが最大のヒットではないことに気づきました。

 

そこで暮らしている人たちの

「楽しく暮らすようす」

「幸せそうなようす」

(もちろん「おいしそうなようす」)

さらに、

「家族とともにいて、かつ自分自身として生きているようす」

にとても心惹かれて

あぁ、私もそのように生きたい、暮らしたい、という思いが

それらの映像を見ながらフツフツと

いやコンコンと枯れた泉のようなところから湧き出ていたもようでした。

 

 

そんな自分を自覚すると

「楽しく暮らそう」

「幸せでいよう」

という当たり前の欲求よりも

「こうしなくちゃいけないんじゃないか」や

「こうあるべきだ」が

自分の中を大きく占領したまま生活していたように思います。

 

もちろん、日々の畑作業は楽しく、仕事もまずまず。

ALL Tangoでの時間も、連れて行ってもらった登山も

とても楽しかったし充実した毎日であることは間違いないのですが

心をときめかせていたり夢中になっていたかというと、

そうではなかったかもしれません。

 

いえ、

日々の生活に心ときめかせる必要があるかというとそういうことではなく、

大事なのは、自分の心ときめく一部分

(私の場合はそれが「楽しいな」「幸せだな」に繋がっているのだと思うのですが)

を無自覚になくしていたということかなと思います。

 

私が昔から心ときめかせていたものというと

美しかったりきれいなものを見ること。

例えば美術館や博物館で、絵や陶器や仏像などを見ること。

絵やイラストを描いたり色を塗ったりすること。

編み物や縫い物を色とりどりに自由にすること。

落ち着けるカフェで本や雑誌を読んだり文章を描いたりして過ごすこと。

こうして時々心を込めてブログを書き自分を表現すること。

 

そして、すっかり本棚に眠っていたこれ。

 

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いえ、別に小泉今日子さんのファンではありません。

 

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20代〜30代の頃、

ときどき買った女性誌やファッション雑誌を

もういらないかな、捨てようかなという時に

気に入った箇所だけ切りとって作ったスクラップブック。

 

何をどう貼ったら1枚1枚がさらに心躍るものになるか。

配置や色合いを考えて

あーでもないこーでもないと貼っていくのでとても時間がかかっていました。

しかしそうして完成した1ページは、私にとって特別なもの。

 

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20年も前のものもあるのに

今見ても全く古くさく感じないことに少し驚きました。

ページをめくるたびに

色合いや表情や美しさに心ときめいていたのと全く同じで

やっぱり今見ても心うきうき、わくわくします。

 

すっかり忘れていましたが、

切り取ったまま貼り付けていない切り抜きが

まだまだたくさんクリアファイルに残されていました。

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あぁ、こういう時間が大好きだったなぁと思い出しました。

 

自分をこんなふうにわくわくさせて解放させてくれるものの存在を

最近はあまり大事にしていなかったなぁ。

 

ひいて言えば

自分の心を覗いて絶えず会話していないと見えてこないこと、

自分がどんな暮らしをしたいのか

どんなふうに生きていきたいのかについて

考え続けていくこと、イメージし続けていくことを

少しおろそかにしていたかもしれません。

 

 ヨーロッパのどこかでぴかぴかにっこりしてる

おちゃめでおしゃれなおばあちゃんも

日々の暮らしの中では大変なことや泣きたいこと

愚痴を言いたいこともつつけば山ほどあるかもしれない。

いろんなことがあるのは私と同じだと思います。

 

それでも、

「毎日を楽しんで生きよう」

「ぴかぴかおしゃれをしよう」

「笑ってジョークを言っていよう」

「幸せでいよう」

ということは、自分が決めること。

 

それにはやっぱり

まずは時々バタンキューしてしまう今の自分をそのまま受け入れて

大事にしていくことからしか始められないのかもしれません。

 

 

どうもありがとう、を

自分のまわりの全ての人やものたちに、

そして自分自身に。